四日目
動物になるワーク
鹿と猿になる。自分が猿になって、猿の動きをする。鹿は軽い感じで節を動かす。鹿は角で周囲を感じる。頭に角があることを意識して動くというような、動物になる踊りを練習しました。
●生の花、死の花で生の花についての竹之内さんのコメント→いかに死に近づくことによって、今生きてる生がありがたいかっていうことを感じる。スマトラ大津波で十何万の人が死んだけれども、それは無駄死にではなく、次への再生への一部である。インドの神、シバ神が破壊の神であると同時に、再生の神でもあることと同じで、死の花は、それ自体が死んで行った魂のレクイエムダンスでもいい。自然の中に秘められているパワーと優しさを表現するのが舞踏なんです。
自然の中でのエネルギーをうけて体を動かすことの快感を参加者が実感していました。
五日目
午前中 今まで習ってきた舞踏を個人的に詰める作業。
午後より 発表会
好きな場所で、構成を考え、踊る。人の踊りを見ながら感じる部分がたくさんあり、刺激になりました。また、見られることによって、より動きに磨きがかかっていきました。自分が自分の内部に入り込んでいく快感を味わうことができました。
PM19:00より 竹之内淳志ライブ
竹之内さんの踊り。人間の暗部、苦しみ、生への欲求のようなものを表現していたような気がした。ライブ終了後、まなつさん宅で最後の打ち上げ。みなで踊って食べて、笑った。ここちよい風が吹き抜けた夜でした。参加者の方々も充実感のあるやり遂げた顔をしていました。
●五日間のワークショップを通して、自然と自分とのつながりをより深いところで理解できたような気がしました。自分以外のものがそれぞれの「時間」で時を刻んでいるという事実。それを石や、水や、樹、動物になることによって、より実感できるようになりました。そして、私はこの大地から宇宙までつながる1本の線ですべてと繋がりながら生きている唯一無二の存在であり、皆がそうであるということも再認識できました。新しい感覚が私のカラダの中に生まれたワークショップでした。
《竹之内 淳志プロフィール》
'80 年“北方舞踏派”に入門。『鷹ざしき』で舞踏の創始者土方巽に振付を受ける。 '86 年《じねん》の根源に立ち帰るべく“自然と踊るアトリエ”を開設。 '96 〜 '99 日本の様々な土地風土、人や音楽から感じたままを即興舞踏にする『じねん』ツアー。この間に大野一雄 慶人の宇宙観に触れ師事。 '99 〜 '00 年 JINEN 舞踏『太陽と月』にてヨーロッパ・アジア 12 ヶ国を巡り公演及び映像記録、ワークショップを行う。これまでの経験を基に、あらゆる状態や環境との繋がりで人の内から生まれる千差万別の心情や動きを《じねん舞踏の基礎》とし、それら動きを、世界共通の身体言語として捉え、様々な国のアーティストと作品共同制作、また群舞作品を創作。 '00 年『鼓動する遺跡』、 '03 年『 KOE 』『紛糾する進化』ソロ作品 '95 『いってき』、 '00 年『石』、 '02 年『点紋』、 '03 年『月海』